| 83.就職についての考え方の日米比較 【創業経営について】 |
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| 作者: Administrator | |||||
| 2011年 4月 15日(金曜日) 07:52 | |||||
就職についての考え方の日米比較 【創業経営について】
日本は現在、大変な就職難のようです。23歳でアメリカの大学を卒業して、短い会社員時代を経てこの株式会社アメリカンドリームを創業した私ですが、大学卒業時に、「創業」についての日米の考え方の大きな隔たりを感じました。
子供の頃から「創業して自分の会社を創りたい」と、考えていた私ですが、大学卒業が近づいた頃、その事を日本の両親に話すと大反対を受けました。もともと私の父は広島で「アメリカオートアクセサリー」という国内外の自動車のアクセサリーやパーツの卸・小売店を経営していたのですが、その会社が私が中学生の頃に倒産してしまい、私がアメリカの大学に留学する頃の生活はそれほど裕福ではありませんでした。食べるのに困るようなことはありませんでしたが、父は借入金の返済をしなくてはならず、私の留学資金はすべて、父の持っていた小さな4階建てのビルの2階で、「喫茶と食事の店 阿米里加」というレストランを経営していた母によってまかなわれていました。コーヒー1杯、250円の中から1ドル=250円の時代に毎月700ドル~800ドルも送金してくれていたのですから大変だったと思います。
大学の卒業が近づいた頃、母から、「就職はどうするのか?」と聞かれ、「僕は就職せずに自分の会社を作って創業したい。」と、言ったところ、大反対でした。「あんたを小さな会社のオヤジにするために私は苦労してアメリカの大学まで行かせたんじゃない!」と、言われ、さらに、「親孝行だと思って、1年でも良いからどこかの会社のお世話になって就職してくれ。」と懇願されました。大学の専攻を経営学から経済学に変えて、合計5年間も仕送りしてもらった母には逆らえませんので、「わかった。じゃあ本当に1年で良いんだね?」と、私は就職することに決めました。
当時私は1年に一度、夏休みには2ヶ月ほど日本に帰国して過ごしていました。高校時代の友人たちと話をするにも大学3年生くらいになると当然就職の話になります。 「吉川、お前は就職どうするんだ?やっぱり外資系に行くのか?給料良いんだろうなあ。」 実際、私たちアメリカの大学卒業者に提示される給料は、日本の一般大学卒業者へのそれをかなり上回る金額でしたが、私は、 「いや。俺は就職せずに会社を作ろうと思う。」 と、答えます。これに対して、高校時代の友人たちは口を揃えて言います。 「アホか、お前は!」 「終戦後じゃああるまいし、今から会社を作ってどうするんだ。何の特技がある訳でもあるまいに、一攫千金なんてあり得んぞ。」 「お前がもらえる給料は、俺たちよりそうとう高いじゃないか。せめてしばらく会社で働いてからにしろよ。」 「その通りだ。仮に創業するにしても会社で仕事を覚えて、お客さんがついてからにした方が安全じゃないか。」 と、どれも本当にありがたい助言の数々です。
これに対して、アメリカの大学の友人たちはまったく異なる感想を述べていました。カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部のアメリカ人同期生達のコメントです。
「ヒロシ、創業するチャンスがあるなら今すぐにすべきだ。自分も創業したいと思っているが残念ながら資金がない。もし自分に、『出資するからやってみろ。』という人が居たなら迷わず創業する。」 「創業するならなるべく早くすべきだ。万一失敗しても会社経営の経験を付け加えて、自分をより高く売れる。」 「素晴らしいビジネスアイデアがあったとしても、創業当初は資金が無いから人は雇えない。そうなると当然自分で一人3役も4役もやらなくてはいけない。要するに体力が必要だ。その一番体力がある若い時代を給料という代償で他社にささげるのはなんともったいないことか。」
・・・とまあ、こんな感じです。結局私は大学を卒業した後で1年間だけ会社のお世話になり、その後実家の広島に戻って母のレストランの経営再建を目指しましたが、その翌年、すなわち25歳の時に父の会社の借入金、1億3000万円を全額肩代わりして創業、この株式会社アメリカンドリームを作って現在に至ります。この辺りのお話は、またいつか機会があった時に、ということで、次回は、「創業を目指してアメリカの大学で学ぶ人達の姿勢は?」ということをお話させて頂きましょう。
株式会社アメリカンドリーム 代表取締役 吉川浩司
大学・大学院・短大・専門学校への留学 アメリカ大学留学奨学金プログラム
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| 最終更新 2011年 4月 15日(金曜日) 08:15 |










